ついに「室温超伝導」が実現か?
水素,硫黄,炭素をまぜた試料にタイヤ圧の100万倍の圧力をかけると超伝導に。
電力の損失がゼロの送電ケーブル、高速で人や物を運ぶリニアモーターカー、これらの実現に欠かせないのが、電気抵抗がゼロの状態である「超伝導」だ。
しかし、物質を超伝導状態にするためには、物質を非常に低い温度まで冷やす必要があり、それにはコストがかかる。
そのため、「室温」で物質を超伝導状態にすることが待望されていた。
そしてついに今回、超高圧下ながらも、室温での超伝導が実現したと報告された。
室温超伝導の意義
「**室温超伝導**」は、科学者や技術者にとって長年の夢でした。もし、特別な冷却装置なしに、私たちが普段生活している温度(室温)で超伝導現象が起きれば、送電ロスがゼロになり、**エネルギー効率**が劇的に向上します。また、MRIやリニアモーターカーなどの超伝導技術の利用コストも大幅に下がり、より広範な応用が可能になります。今回の発見は、その究極の目標に向けた重要な一歩と位置づけられます。
物理学と最新の発見
2020年10月14日、『Nature』で、**$14.55^\circ\text{C}$**という室温環境下で超伝導が実現されたとの研究論文が発表された。
1911年に極低温下で超伝導現象が発見されてから、100年ごしの快挙となった。
⚡ 超伝導とは
超伝導とは、簡単にいうと、物質の電気抵抗がゼロになる現象だ。
超伝導になる物質のことを「**超伝導体**」という。
常伝導と超伝導のメカニズム
常伝導(超伝導ではない、電気を通す状態)の物質の内部では、物質を構成する原子が格子状に並んだ「**結晶格子**」とよばれる構造がつくられている。
この中を電子が移動することで電流が生じるが、結晶格子は熱によって振動したりするため、電子と衝突し、その結果、電気抵抗が生じ、発熱により電力の一部が熱になって失われてしまう。
補足説明:常伝導状態の電力損失
常伝導体(通常の導体)で電気が流れるとき、電子は物質内の原子の振動(熱運動)とぶつかります。この衝突が電気抵抗の本質であり、その抵抗によって**ジュール熱**が発生し、電力の一部が熱として外部に逃げてしまいます。これが送電ケーブルなどで発生する**送電ロス**の原因です。
超伝導になると、二つの電子がペア(**クーパーペア**)を形成するようになり、結晶格子と衝突することなく移動できるようになるため、直流送電では**電力がいっさい失われない**(エネルギーの損失がゼロ)。
超伝導体は、電気抵抗がゼロになるほか、磁石の上に乗せると浮くという特徴ももつ。これは「**マイスナー効果**」と呼ばれ、超伝導体から磁場が完全に排除される現象である。
💡 超伝導の応用

超伝導体は、すでに多数発見されており、さまざまな場面で利用されている。
たとえば、JR東海が進めているリニアモーターカーの「**超伝導電磁石**」がある。
これを使うと、品川〜名古屋をわずか40分で移動できるようになるという。
超伝導は、革新的な技術開発につながる物理現象なのだ。
補足説明:具体的な応用例
- **医療分野**: **MRI (磁気共鳴画像装置)**の強力な磁場生成に超伝導磁石が不可欠です。
- **エネルギー分野**: **超伝導送電ケーブル**による電力ロスゼロの送電、核融合炉の強力な磁場閉じ込め。
- **交通分野**: **リニアモーターカー**の浮上・推進システム。
- **科学計測**: 高精度な**SQUID**(超伝導量子干渉素子)を用いた微弱な磁場の検出など。
🌡️ 極低温環境の課題
電力損失ゼロの送電ケーブルとして超伝導体を実用化することには課題がある。
なぜなら、通常、物質を超伝導状態にするためには、**極低温になるまで冷やさなければならない**からだ。
これには、**液体窒素や液体ヘリウム**などの超低温の液体で冷やす必要があるが、液体をつくること自体にコストがかかるという問題がある。
室温超伝導実現への道のり

「室温超伝導の実現」という夢に向かって、多くの研究者が長年にわたり試行錯誤をつづけてきた。
🔬 今回の発見
アメリカ、ロチェスター大学の**ランガ・ディアス博士ら**の研究チームが、**水素、硫黄、炭素**を実験装置の中に入れ、標準的なタイヤ圧の100万倍にあたる**267ギガパスカル (GPa)**という圧力をかけた。
すると、それによってできた物質の電気抵抗がゼロになり、「マイスナー効果」という超伝導に特有の現象も確認されたという。
今回の研究で、水素・硫黄・炭素からなる物質が、超高圧下ながらも、ついに**室温超伝導を達成**した。
転移温度は**$287.7\text{K}$($267\text{GPa}$)**である。
🔑 かぎは「水素」
超高圧環境下の超伝導にくわしい、大阪大学大学院基礎工学研究科の**清水克哉教授**は、研究のかぎは「**水素**」だと話す。
水素は、常温・常圧では気体だが、圧力をかけると液体になり、さらに圧力をかけると固体になる。
そこから、さらに圧力をかけると、**金属的な性質**を示すようになり、要は電気を通すようになる。
清水教授によると、**水素を含む物質は、超高圧下では、高い温度で超伝導体になると理論的に予測されていた**という。
補足説明:超高圧と水素
水素は、周期表の最も単純な元素ですが、極限環境下では非常に興味深い振る舞いをします。理論上、極限的な高圧下では、水素原子が固体化し、電子が自由に動けるようになる「**金属水素**」になると予測されていました。この金属水素が、非常に高い温度で超伝導性を示す「**高温超伝導体**」になる可能性が指摘されていました。近年の研究は、この水素を他の元素と組み合わせた化合物(水素化物)を超高圧下で作ることで、その理論を実証しようとしているのです。
実際に、2015年に**硫化水素**(転移温度$203\text{K}$、$150\text{GPa}$)が、2018年には**ランタンと水素からなる物質**(転移温度$260\text{K}$、$200\text{GPa}$)が、それぞれ超高圧下において、かなり高い温度で超伝導になることが発見されている。
⚠️ 今後の課題と意義
ただし、清水教授は次のような指摘もしている。
今回の研究では超伝導としての性質が確認されたが、物質の**組成や結晶構造は不明**である。今後、これらの点を明らかにし、超伝導体として認められる必要がある。
室温超伝導が本当におこっているかを確かめる**別のチームによる再現実験**を行う必要もあるとのことだ。なお、今回の発見に対する反論も出ている。
今回の室温超伝導は、**超高圧という条件つき**であるため、すぐに産業応用できるわけではない。
しかし、「**常温・常圧での超伝導の実現**」という究極的な目標に向けた**大きな一歩**になったといえるだろう。
📉 超伝導が実現する温度の記録の変遷 (グラフ資料より)
超伝導が実現する「転移温度」の記録は、長年にわたり少しずつ上昇してきました。特に近年、超高圧下での水素化物の発見が記録を大きく更新しています。
| 温度 | 転移温度の記録 | |
|---|---|---|
| $^\circ\text{C}$ | $K$(ケルビン)※ | |
| $14.55^\circ\text{C}$ | $300\text{K}$ | 水素,硫黄,炭素からなる物質 ($287.7\text{K}$, $267\text{GPa}$) **【今回】** |
| $0^\circ\text{C}$ | $250\text{K}$ | ランタンと水素からなる化合物 ($260\text{K}$, $200\text{GPa}$) |
| $-23.15^\circ\text{C}$ | $200\text{K}$ | 硫化水素 ($203\text{K}$, $150\text{GPa}$) |
| $-73.15^\circ\text{C}$ | $150\text{K}$ | 銅酸化物系超伝導体 |
| $-123.15^\circ\text{C}$ | $100\text{K}$ | |
| $-173.15^\circ\text{C}$ | $50\text{K}$ | |
| $-223.15^\circ\text{C}$ | $0\text{K}$ | |
| $-273.15^\circ\text{C}$ | ||
1911年: 水銀で超伝導状態の発見 ($4\text{K}$)。
その後、金属系の超伝導体がみつかり、転移温度の記録が少しずつ上昇していった。しかし、金属系超伝導体の転移温度の限界は、$30\text{K}$~$40\text{K}$であると理論的に予測されていた。
その他の分類: 金属系超伝導体 (BCSタイプ)、有機物系超伝導体、鉄系超伝導体。
1980年代: 「**超伝導フィーバー**」をもたらした**銅酸化物系**の超伝導体が続々とみつかった。銅酸化物系超伝導体は、比較的安価な**液体窒素で冷やすことのできる温度 ($77\text{K}$)** さえも大きくこえた。
2015年: 硫化水素 (転移温度$203\text{K}$) が超高圧下で超伝導になることがわかった。
2018年: ランタンと水素からなる物質 (転移温度$260\text{K}$) が超高圧下で超伝導になることがわかった。
今回: 水素・硫黄・炭素からなる物質が超高圧下ながらも室温超伝導を達成した。
※: $K$は「絶対温度」の単位で「ケルビン」とよむ。$0\text{K}$(絶対零度)は**マイナス $273.15^\circ\text{C}$**である。
