京都の静けさの裏で、人はなぜ“壊れる”のか
― 行方不明事件から読み解く脳と心理の臨界点 ―
prologue(自然界メッセージ)
京都の街は、千年単位で時間が流れる場所だ。
しかし人間の脳は、ほんの数秒で“別の存在”に変わることがある。
静と動。
秩序と崩壊。
その境界線は、思っているよりずっと薄い。
私たちユニリハという医学との立場から、人間の脳・心理・行動科学として切り込みます
京都という文脈は「日常と非日常の対比」として考えてみます。
第1章:なぜ人は突発的に人を殺してしまうのか
―「かっとなった」「気が付いたら」の正体―
よく加害者はこう語る。
「かっとなった」
「気が付いたらやっていた」
これは言い訳ではなく、脳科学的には実際に起こりうる現象だ。
人間の脳には大きく分けて2つの制御系がある。
- 理性を司る:前頭前野
- 感情・恐怖・怒りを司る:扁桃体
通常、前頭前野がブレーキ役となり、衝動を抑えている。
しかし、
- 強いストレス
- 長期間の関係性の歪み
- 睡眠不足や疲労
これらが重なると、前頭前野の機能が低下する。
するとどうなるか。
扁桃体が暴走し、
「危険だ」「排除しろ」という原始的な反応が優先される。
これはいわば、
人間が“動物モード”に切り替わる瞬間だ。
つまり「気が付いたら」は、
認知の連続性が途切れた状態とも言える。
第2章:なぜ遺体を隠さず、移動させ続けたのか
―“隠す意思がない”という異常―
通常、犯罪後には「隠す」という行動が見られる。
- 埋める
- 見えない場所に移動する
- 痕跡を消す
しかし今回のように、
- 埋めない
- 隠さない
- 落ち葉すらかけない
- ただ“置く”
という行動は、少し質が違う。
ここで考えられるのは3つの状態だ。
① 現実感の喪失(解離状態)
強いストレスやショックにより、
現実を現実として認識できなくなる。
→「死体=隠すべきもの」という認識が弱まる
② 認知の分断
脳内で「行為」と「意味」が切り離される。
- 運ぶ(行動)はできる
- でも“なぜそれをするか”が統合されていない
結果として、
目的のない移動が繰り返される。
③ 捕まることへの恐怖よりも“内面の混乱”が強い
通常は「捕まりたくない」が優先される。
しかしこのケースでは、
外的リスクより内的カオスが勝っている。
つまり、
隠蔽ではなく「処理しきれない状態」。
第3章:なぜ無表情でいられるのか
―“冷静”ではなく“遮断”―
報道でよく言われる。
「冷静だった」「無表情だった」
だがこれは、必ずしも“冷酷”ではない。
むしろ逆で、
感情が処理できないために遮断されている状態の可能性がある。
人間は強すぎるストレスを受けると、
- 感情が麻痺する
- 表情が消える
- 声の抑揚がなくなる
これはリハビリの現場でも見られる現象だ。
例えるなら、
脳のセーフティーモード。
- 感情を出すと壊れる
→ だからシャットダウンする
第4章:京都という“日常”との対比
ここで重要なのは、舞台が京都であることだ。
京都といえば、
- 静かな寺院
- 季節の移ろい
- 繊細な食文化
たとえば、京懐石の一皿は、
「丁寧に生きる」という文化の象徴でもある。
そんな場所で起きる“極端な非日常”。
この落差こそが、
人の心に強い違和感を生む。
第5章:ユニリハ的視点
―人は壊れる前に“サイン”を出している―
重要なのはここだ。
人は突然壊れるわけじゃない。
その前に必ず、
- 怒りの蓄積
- コミュニケーションの断絶
- 睡眠や生活リズムの崩壊
- 孤立
といった前兆がある。
リハビリの世界でも同じだ。
身体が壊れる前に、
必ず小さな機能低下が起きている。
心も同じ。
message
人は、環境で変わる。
人は、関係性で壊れる。
そして――
人は、支えがあれば踏みとどまれる。
京都の静けさは、ただ美しいだけじゃない。
「整える力」を持っている。
もし日常が崩れそうなときは、
ほんの少しでいい。
呼吸を整え、
生活を整え、
誰かとつながること。
それが、
“壊れないためのリハビリ”になる。
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