「むべなるかな」って何? 意味・語源を調べたら、まさかの「果物」にたどり着いた
「むべなるかな」
この言葉、聞いたことがありますか?
なんとなく古い言葉なのは分かる。
でも、
「結局、どういう意味なの?」
と思う人も多いのではないでしょうか。
実は「むべなるかな」は、単なる難しい古語ではありません。
その背景をたどっていくと、
ひとつの果物「ムベ」
そして
天智天皇にまつわる古い伝承
へとつながっていきます。
今日は、ちょっと不思議な日本語の世界をのぞいてみましょう。
「むべなるかな」の意味
「むべなるかな」は、
「もっともなことだ」
「いかにもそのとおりだ」
「なるほど、そうであるのも当然だ」
という意味で使われます。
辞書では「宜なるかな」と書いて「うべなるかな」と読む形もあり、「むべなるかな」と同じ意味として扱われています。
現代の言葉に置き換えるなら、
「なるほど、それなら納得だ」
「そりゃ、そうだよね」
「確かに、そのとおりだ」
という感覚に近いでしょう。
ただし、
「そりゃそうだよね!」
では少し軽い。
「むべなるかな」
になると、一気に平安時代の風が吹いてきます。
言葉ひとつで、空気まで変わる。
日本語って面白いですね。
では「むべ」って何?
ここからが、この言葉の面白いところです。
「むべなるかな」の「むべ」は、もともと古語として「もっともである」という意味を持つ言葉です。
ところが、
「むべ」という名前の果物も存在します。
これが「ムベ」です。
ムベはアケビに似た果実をつける植物で、古くから日本で知られてきました。
そして、この果物には非常に興味深い伝承があります。
天智天皇と「むべなるかな」
滋賀県近江八幡市には、こんな伝承が残っています。
天智天皇が蒲生野へ薬狩りに来た際、元気な老人に出会った。
その老人にはたくさんの孫がいて、家族も元気に暮らしていた。
天智天皇が、
「なぜそんなに元気なのか」
と尋ねると、老人は木の実を食べていると答え、その実を差し出した。
その果実を見た天智天皇が、
「むべなるかな」
と言った。
つまり、
「なるほど、それならもっともだ」
という意味です。
この伝承が、現在の「ムベ」という果実の名前の由来になったとされています。近江八幡市の文化的景観資料にも、この伝承と「郁子(むべ)」の献上について記録されています。
ここが面白いところです。
「むべなるかな」は、果物から生まれた言葉なの?
ここは少し注意が必要です。
実は、
「むべ」という古語と、果物の「ムベ」が完全に同じ語源だと断定できるわけではありません。
「むべなるかな」は、古くから存在する「もっともだ」という意味の「うべ・むべ」に由来する表現です。
一方、天智天皇と果実の伝承では、その果物を食べて健康だった老人を見て、
「むべなるかな」
と答えたことから「ムベ」という名がついたと伝えられています。
つまり、
言葉が先にあり、その言葉と果物が伝承の中で結びついた
と考えると分かりやすいでしょう。
このあたりは、歴史的な語源と伝承を混同しないことが大切です。
そもそも「ムベ」という果物はどんなもの?
ムベはアケビ科のつる性植物です。
果実はアケビに似ています。
ただし、アケビとは違った特徴もあります。
古くから食用にされてきたほか、地域によっては縁起物としても扱われてきました。
近江八幡では、この「ムベ」と天智天皇の伝承が地域文化の一部として残っています。
さらに興味深いのが、
「長寿」と結びついていること。
天智天皇が出会った老人が元気だった理由として、この果実が登場するわけです。
もちろん、
「ムベを食べれば長寿になる」
と科学的に証明されたという話ではありません。
ここはきちんと区別しておきましょう。
伝承は伝承。
科学的な健康効果とは別の話です。
でも、人間が昔から
「食べるもの」と「健康」
を結びつけて考えてきたことは、この物語から見えてきます。
「むべなるかな」は、現代でも使える?
もちろん使えます。
ただし、かなり文学的・古風な表現です。
例えば、
「彼が毎日運動しているのだから、体力があるのもむべなるかな」
なら、
「毎日運動しているのだから、体力があるのも当然だ」
という意味になります。
もう少し日常的にすると、
「彼が毎日走っているなら、体力があるのもむべなるかな」
なんて使い方もできます。
ただ、友人に突然、
「君が寝坊するのも、むべなるかな」
などと言うと、
「なんで急に平安貴族?」
となる可能性があります。
使う場所は選びましょう。
「なるほど」より深い言葉
「むべなるかな」の面白さは、
単に「そのとおり」というだけではないところです。
そこには、
理由を知って、納得する。
という感覚があります。
例えば、
「なぜ、この人は元気なんだろう?」
↓
「毎日よく歩いているからなのか」
↓
「それなら元気なのも当然だ」
この、
疑問 → 理由 → 納得
という流れ。
これが「むべなるかな」の感覚です。
ユニリハ的に考えてみる
リハビリテーションの現場でも、実は似たことがあります。
「なぜ、この人は歩けるようになったのか?」
「なぜ、今日は動きがいいのか?」
「なぜ、昨日より疲れているのか?」
身体を観察していくと、
姿勢
睡眠
食事
呼吸
活動量
環境
心理状態
など、さまざまな要素が見えてきます。
そして原因や背景が分かると、
「ああ、それなら今日はこうなるよね」
という瞬間がある。
これもある意味、
むべなるかな
です。
ただ結果を見るだけではなく、
「なぜ、そうなったのか」
を自然界の仕組みから考えていく。
それが観察するということなのかもしれません。
言葉の中に、自然が残っている
「むべなるかな」という言葉を調べてみると、
古語
↓
天智天皇
↓
近江
↓
ひとりの老人
↓
ひとつの果実
↓
健康と長寿
という物語が浮かび上がってきます。
たった六文字ほどの言葉の中に、これだけの歴史が詰まっている。
言葉というのは不思議です。
辞書の中では短い。
でも、その言葉が生まれた背景には、人間の暮らしや自然、食べ物、土地の記憶があります。
今日から使える「むべなるかな」
最後に、現代風に翻訳してみましょう。
「毎日運動しているから、体力がある」
↓
「むべなるかな」
「よく寝たから、今日は頭が冴えている」
↓
「むべなるかな」
「毎日スマホを見続けていたら、目が疲れる」
↓
「むべなるかな」
「食べ過ぎたら、お腹いっぱいになる」
↓
「むべなるかな」
……最後のやつは、
「いや、それは当たり前だろ」
という声が聞こえてきそうです。
でも、それでいい。
「むべなるかな」とは、
当たり前の中にある理由を、あらためて見つける言葉
なのかもしれません。
epilogue
言葉をひとつ調べただけなのに、
果物が出てきて、
天智天皇が出てきて、
近江の土地が出てきて、
健康や長寿の話まで出てきた。
これだから、日本語探検は面白い。
「むべなるかな」
その意味は、
「もっともだ」
「なるほど、そのとおりだ」
です。
そして、その背景には「ムベ」という果実と、それをめぐる古い伝承がありました。
今日、何かひとつ、
「なるほど、そういうことだったのか」
と思うことがあったなら、
それもまた、
むべなるかな。
言葉の森を歩いていると、
昔の人が残した小さな実を、
現代の私たちが拾うことがあります。
その実をひとつ割ってみる。
中から出てくるのは、
歴史だったり、
自然だったり、
人間の知恵だったりする。
日本語って、
なかなか奥が深いものです。
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